違和感は今まで自分がすごしてきた空間にある、ある種の慣れなんだろう。
緊張感があるというのは、自分の領域が限定された
範囲であることを自覚するということだ。
限定されるというのは、物理的なものが精神的に
制約を持つというのが一般的だ。
経済的な、条件でいえば生活をしていくだけの
基盤を持っているかどうかという点で。
他には、寂しいかどいうかという点もある。
下宿を始める人のように、知らない場所を
一人で住み始めるというのは、今までの社会構造
からすれば特殊なことだろう。
日本においては、ふすまひとつで、部屋を区切り、
狭い場所ひとつでも、そこで食事をして、寝てという
生活空間をもっていた。
狭いところで、共有するというのが、ひとつの
安心だったのかもしれない。
フリーライティングをはじめてみる
これから、自由筆記の時間をもっと
多くつくろうと思う。
アタマのなかのもやもやを、
特にメッセージとか、意図とか、
読み手の配慮を考えずに好きなように綴る。
日記の原点的なものといえば、そうだが、
形式やテーマにこだわらずに(それでも、
かなりの色はあるんだが)書いてみることにする。
んでそれをはてなに、出してみようっと。
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改めて、言葉には「流れ」がある。
一つの言葉が、連続した節や文章になるときに、
どのようなかたちになるのかを、意識しながら
書く。それは、音としての読むを、考えることにも
つながっていく行為だ。
やはり小説家と、落語はすばらしいとおもう。
「スルメをみてイカがわかるか」に、
ことばを理解するよいヒントがあった。